大陸から漢詩が入ってきた影響。文学
短歌の歴史・上代感情の高まりから発せられた叫び・掛け声が次第に成長して、祭りや労働の際に集団でうたわれるうたとなったものを上代歌謡といい、『古事記』『日本書紀』にとられた上代歌謡を記紀歌謡という。
この中に五・七・五・七・七の五句体の歌が見られる。長歌の末の反歌が独立してできたとも言われる。
その後、統一国家が確立してゆく中で、大陸から漢詩が入ってきた影響もあり、個人の気持ちを個々に表現する歌が盛んに作られるようになった。
『万葉集』にはそういった歌が多く収録されている。
集団でうたわれる歌謡においては、例えば旋頭歌は、片歌が集団の掛け合いで問答の形になったものだが、「五七七」「五七七。」の問と答の末尾はしばしば同じであった。
一人でうたうようになると、重複はさけられ「五七?」「五七七。」→「五七五七七」の短歌形式となった。
このような歌体の変化から、『万葉集』では9割が短歌となっている。
この中に五・七・五・七・七の五句体の歌が見られる。長歌の末の反歌が独立してできたとも言われる。
その後、統一国家が確立してゆく中で、大陸から漢詩が入ってきた影響もあり、個人の気持ちを個々に表現する歌が盛んに作られるようになった。
『万葉集』にはそういった歌が多く収録されている。
集団でうたわれる歌謡においては、例えば旋頭歌は、片歌が集団の掛け合いで問答の形になったものだが、「五七七」「五七七。」の問と答の末尾はしばしば同じであった。
一人でうたうようになると、重複はさけられ「五七?」「五七七。」→「五七五七七」の短歌形式となった。
このような歌体の変化から、『万葉集』では9割が短歌となっている。
update:2010年02月19日
